どっちが ぶきっちょなのなやら
          〜お隣のお嬢さん篇
 



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 恋愛なんて本の中のドラマでしかなかったんですよと
 それはそれは含羞みながら言って、知らないっとばかりにそっぽを向く

過酷な生まれと育ちだという身の上なせいもあり、
こうまで愛らしいというに恋愛関係にはまだまだ疎い初心者で。
それだから、今浮かれているのも初めてのお付き合いだからにすぎないのかもなんて
時々、こっちがぎょっとするような言いようを真摯に呟いたりもする。
そのくらい初々しい敦ちゃんなのへ、
相手を油断させるための手管や策としてであれ
それなりに男女の駆け引きなんてものにも蓄積みたいなものはあったはずが、
マフィアの顔役とまで上り詰めてる身の中也でさえ、
微妙に嫉妬したり独占欲のようなものをたぎらせたりするくらい。
どれほどそういう場に慣れていようと
気持ちの方では自分だって初心者に過ぎなかったんだなぁなんて思い知らされてる。

 「? どうかしましたか?」

それは無邪気にこちらを見やって笑う白の少女へ、
何でもねぇと言いつつ苦笑が絶えない中也姐としては、

 “アタシでさえ、敦にもっと甘えてほしいし
  こっちからだって甘えたいって思うくらいなんだから。”

あの独占欲強いメンヘラ女が、そういつまでも気取って済ませていられるはずがねぇ。
困ろうが悶えようがあいつの自業自得だから、
振り回されてる側の手前がそこまでのお節介を焼くこたねぇと。
こっそりのつもり、でもそれは判りやすく甘い吐息を遣る瀬無く零しているのを見かけるたびに、
忠告ごかしに言ってやってはいる。
あいつ同様に不慣れな恋愛にゆるみまくってるところとか、
こんなしてきついこと言いつつそれ自体が気遣いなんじゃあないかとかいう意味か、

 『何か突っ込みたいとこいっぱいなんですが。/////』

そんな風に苦笑するようになっただけでも、
何の感情も持たぬ “鏖殺の禍狗姫”なんて
物騒な二つ名を持つあの子なりの進歩じゃああろうと思う、
素敵帽子の姉人だったりするのである。




     ◇◇◇



確かに、太宰を前に相変わらず委縮している のすけちゃん、もとえ芥川だというところは、
お節介な周囲からも察せられているほど否めぬ事実。
表向き、裏切り者の太宰と堂々と縒りを戻せるわけもなく、
白虎の少女と実は仲がいいこと以上に 内緒にしてはいるつもりだが、
中也や紅葉、他でもない首領の鴎外辺りはあっさり知っている復縁で。
そんな“仲直り”が、だが、微妙にぎこちないのも、
元からそんな相性だったの覚えていればこそ、
ああそっかとそれもまたあっさりと把握されているというから、
ある意味そこまで周知だった罪深い代物だともいえ。
組織への裏切りはともかく、置いて行かれた理不尽への怒りや憤りは払拭されていても、
ならならで、師匠であり元上司である太宰への畏敬が復活してのことの緊張感というか、
手も触れぬ、視線も見交わさぬほどの畏敬優先の堅苦しさなら、それはもうしょうがない。
例えば、かつてこぉんなやり取りをした彼女らで。

 『おや、二階建てバスだ。』

マフィアの看板だというに、黒スーツを小粋にまとっていた師匠がそんな一言を呟いたことがあり。
何かの催しで導入された珍しいバスへ目を止めての独り言のようなそれへ、

 『…二階だけバス、ですか?』

初めて見るのだ、知らずともしかたがない上に
微妙に聞き間違いもしていた、まだまだ幼い禍狗さんの言いようへ、
内心でプッと吹き出しつつも表面上は冷徹な貌のまま、

 『惜しいな。二階建てバスだ。二階だけがばすなら、一階は何なんだい?』

真っ赤になったのかわいいと思った感情を 必死でかみ殺していた太宰だったが、
やや歯を食いしばったものだから、そんな態度があまりに冷淡な聞きようになってしまい、
愛しい教え子を傷つけたの、のちのちも随分と後悔したものだ。

 『ぬかったなぁ…。』

男の子と取り違えかけたざんばら髪に、
汚れ切っていながらも、目的ない眼光はそれでも剛く。
仲間を失ったばかりだったからでもあろうが、
虚ろな沼のようでいて、なのに何かが淀んでの深々と。
こんな幼い子の双眸とは思えない代物で。
生きることへの意味を目的を与えようと唆せば、
不器用ながらも一途に付いて回るのが 何とも愛おしいとこの私が思えるまで、
時間がかからなかったほどだったのが唯一の誤算とも言えて。
罪悪感なんてないはずだった、
ようよう仕込めばマフィア最強の火器になれようと見込んだ勘にも違和感はない。
ただ、それ以上に惹かれる何かがあって、気がつけばそれをこそ押し隠すのが大変で。

 『ほんっと、ぬかった。』

天罰かな、それとも随分と遅くに来た思春期ってやつ?
正体不明の萌えココロへ、
こんな不意打ちってあり?と、じたばたのたうち、管をまけば、
眼鏡の友は 知りませんよと 見るからにいやそうな、でも同情あふるる顔をして、
辛口好きなのに人間はやや甘かった友は、太宰にも判らないものがあるのだなと キョトンとして見せた。
でもって、教育する側がそんなではいかんと気を引き締めた。引き締めすぎた。
十代の頃からすでに頼もしいまでの自負をもち、
それは端正で麗しい見栄えをしていたものだから、つんと澄ませば氷のような冷淡さを醸すことも出来、
殴る蹴るも女だてらにコツを心得ていたうえ、
部下だろうが補佐だろうが不手際な仕儀へは一ミリも容赦しなかったので、
それらの相乗効果で“最年少幹部の太宰さん”へは 神々しいまでの畏怖が付いて回った。
そんな女性幹部が拾って来たという直轄の部下。
貧民街育ちの子供、体躯も体力も乏しい貧弱な子供で、
幹部の肝いりというだけでは到底足りない存在だったのへ、
せめて舐められないような教育を身につけさせ、
私に恥をかかすなという格好で煽るという促成法は教育上は効果的じゃああったれど、
慣れ合いや親しみという方向での接点はもてない。
丁度中也との付き合いと似たようなもので、
問題だったのは、それが途轍もなく太宰自身へも酷な待遇に他ならなんだのだ。

 「ねえ。私、あの頃よりも甘えていると思わない?」

何だかややこしい展開となってしまった逢瀬の仕切り直し。
太宰のお気に入りのセーフハウスへ足を運び、
リビングにてアイスティーなど淹れて、一息ついての さて。
二人きりとなり向かい合う愛しの妹人へ、
ローテーブルの上、無造作に置かれていた手を取ると、
美貌の姉様、そんなことを訊いてみる。
唐突な問いかけへ、えっと顔を上げた黒の姫女へ、
知的に深色で印象的な目許を 睫毛がけぶるようなほど細め、

「人目なんて気にせず、あなたに触れていいのが嬉しくってしょうがない。」

まあ、人目がどうのなんていうのは、私の側の勝手な事情だったのだけれど。
そこは言わなかったが、それでも随分と正直な心情を吐露した太宰だったというに、

「えっと…。」

そんな告白をされた側、殺戮系の二つ名が常について回るほど冷酷な看板背負ったお嬢はと言えば。
雪のように色白な頬を朱に染め、切れ長な黒曜石の瞳をゆらゆら泳がせると、

「申し訳ありませぬ。」

何故だかそんな言いようをし、唇を咬みしめてしまう。
笑顔はなるだけそのまま、だがだが胸中に沸いた心情そのまま
“は?”と 声無しではあったが口を開いて疑問符を吐いたのが微かにでも届いたか。
ますますと目を泳がせた禍狗嬢、

「目が離せぬと手を取ったりされるのは、
 やつがれの異能制御にまだ不安がおありだからなのでしょう?」

「いやいやいや、そこは違うって。」

あああ自分の異能が異能無効化なのが恨めしい。
最近も敦ちゃんの虎の毛並み触れてないし…。
八つ当たりでマシュマロなお胸を握らせてもらってるけど。(おいおい)
……じゃあなくて。
やっぱり勘違いしたままらしいと拾ったものの、
だがここでため息ついたらますます誤解が深まることくらいは承知の姉様。
何と言やあ説き伏せられるかなぁと、こっちも目線が泳いだところ、

 「やつがれ、太宰さんのように自信が持てませぬ。」
 「……え?」

何につけ自信に満ちた姉様のように、泰然と余裕で対せる身じゃない。
このまま心臓がパンと爆ぜるのじゃあないかというほどドキドキしており、
拒んでなどいないが挙動不審も許してほしいと、

 「あのねぇ。」

此処までは、強気な態度じゃあ元の木阿弥だの、思って遠慮していたのも吹っ飛んで。
勢いよく顔を上げれば、真っ赤になった愛しい子の、されど逸らされてはないお顔と真っ向から見合う格好。
黒い虹彩の大きい瞳は、キリキリと殺気を帯びて吊り上がれば恐ろしいが、
こうやって潤みつつ揺れている様子は何とも頼りなげで愛らしい。
この子にこうまで怯えを齎す自分こそが情けなく思いつつ、
かくんと肩から力を抜いた、包帯まみれの策士の姉様。
そんな二つ名なのもかなぐり捨ててという意気地を奮い起こすと、
あらためて顔を上げ、テーブルの縁をいざるようにお膝で移動し、
間近に寄った、今は文系女子風ないでたちの黒獣の姫に腕を伸ばすと、
取っ捕まえるようにしがみつく。
唐突な運びだったせいだろう、ひっと震え上がったのへも動じずに、
それは頼りない肢体を抱きすくめ、

「私だってあのそのドキドキもするし、
 今だってどれほど歯がゆいと思っていることか。」

エイッと、それこそ勇気を振り絞って吐き出せば、
腕の中に取り込んだ痩躯がふるると震えた。
相変わらずおっかなくって聞こえてないかも?
聞こえてはいても理解までは無理だったかな?
自分のかつてのつれなさや最近のお気楽そうな行いを猛省しつつ、
だがだが、そんなこんなの向こう側、
ちょっとだけ“解されなくてもいい”と思う性懲りのない想いもゆらゆらとたゆとう。
どうせという投げだすような不貞腐れじゃあなくて、
かつても思ってはいたこと、
いざとなったら突き放して遠のかせ、火の粉から守らにゃあという覚悟もなくはないからだ。
きっとあのナメクジ女も 最愛の敦へ思っているだろう気概で、
それを通すためなら嫌われるくらい何するものぞと、
矛盾した覚悟をいつでも取り出せる処に伏せてもいるのが、

 “何にでも通じてしまった報い、かな?”

この子だとて、解いてやれば納得もしようが、それはやんない。
それこそ堅苦しい付き合いになるのは やだから。
今の今、繰り広げているドタバタした間柄の方がマシだと思うにつけ、
あんな判りやすい教育しか出来なんだかつての未熟な自分が恨めしい。
何なら森さんのエリスへの態度のように、
情けなく見える格好で なりふり構わず接してても良かったって思うくらいには、
今の自分は余裕が出来たと思わぬでもなくて。

 「だ、太宰さん。/////////」

真っ赤になってる愛しい子、
ドキドキのし過ぎで苦しかろうとは思うけど、
慣れて慣れてとぐりぐり頬を寄せ、
いつぞやとは逆方向の意地悪に勤しむ、やっぱり困った姉女だったのだ。




     〜 Fine 〜    19.05.28.〜08.02.

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 *いつまでもズルズルしてたら季節がどんと変わってもうお盆直前です。
  夏のイベント一杯あるのに、まずは七夕逃してます、くく〜〜〜っ。
  つくづくと、センシティブなお話には向いてないなぁと思い知りましたよ。
  女性陣で構えれば何とかならんかと思ったのにやはり無理。
  太宰さんが奥の深い人すぎて、風貌と思うところの両方を描写するのが大変だし…。
  もっと修行してきます。とほほん